【高次脳機能障害シリーズ】失行とは?
2026/06/19
【解説】知識ゼロからの高次脳機能障害21
失行とは?|「できるはずなのにできない」高次脳機能障害をわかりやすく解説
はじめに

「手は動いているのに、服がうまく着られない」
「歯ブラシを持っているのに、歯磨きが始められない」
「ボタンを留めようとしているのに、手順が進まない」
「口を開けてと言われても、うまくできない」
脳卒中などのあと、ご家族がこのような変化に気づくことがあります。
すると、ご家族はとても戸惑います。
「認知症が進んだのかな?」
「やる気がないのかな?」
「何度も説明しているのに、どうしてできないの?」
そう感じてしまうのは、自然なことです。
ですが、高次脳機能障害の中には、手足の力が弱っていなくても、動作の組み立てが難しくなることで、手をうまく使えなくなる症状があります。
それが、失行です。
失行は、少し専門的で分かりにくい症状です。
ただ、生活の中では、
- 着替えができない
- 道具が使えない
- 動作の真似ができない
- 手順が分からなくなる
- できる時とできない時がある
という形で現れます。
この記事では、失行について、専門用語からではなく、生活場面をもとにわかりやすく解説していきます。
失行とは?
失行とは、簡単に言うと、
手足は動くのに、目的のある動作がうまく組み立てられなくなる状態
です。
たとえば、
腕や手の力はある。
麻痺はない。
言われていることも、ある程度分かっている。
道具も目の前にある。
それなのに、
「どう動かせばよいか」
「どの順番で行えばよいか」
「道具をどう使えばよいか」
がうまくわからなくなっていることがあります。
これは、単なる筋力低下や麻痺だけでは説明できない症状です。
もちろん、実際の生活では、麻痺・感覚障害・注意障害・記憶障害・失語症・認知症などが重なって影響していることもあります。
そのため、生活場面だけで「これは失行です」と決めつけることはできません。
ただ、「手は動いているのに、なぜか動作ができない」という、筋肉がうまく動かない麻痺や筋肉の微調整が困難になって揺れてしまうような失調症では説明がつかない時には、失行という高次脳機能障害が関係している場合があるのです。
生活の中で見られやすい困りごと

失行は、検査場面だけでなく、日常生活の中で「違和感」として気づかれることがあります。
たとえば、次のような場面です。
服がうまく着られない
- シャツの前後が分からない。
- 袖をどこに通せばよいか迷う。
- ズボンの同じ穴に両足を入れてしまう。
- ボタンやファスナーのところで止まってしまう。
このような場面では、単に「服の着方を忘れた」というよりも、服の形・自分の身体の向き・手順の組み立てがうまくつながっていない可能性が考えられます。
歯磨きや道具の使い方が分からない
- 歯ブラシを持っているのに口に運べない。
- 歯磨き粉をつけるタイミングを間違える。
- 箸やスプーンの使い方がぎこちない。
- リモコンやスマホ充電器の操作で止まってしまう。
道具そのものは見えているし、道具の役割も分かっているのに、使い方や手順がうまく出てこない状態です。
「口を開けて」と言われてもできない
歯科受診や口腔ケアの場面で、「口を開けてください」「舌を出してください」「うがいをしてください」と言われても、うまく動作ができないことがあります。
一方で、食事場面では自然に口を開けられることもあります。
このように、自然な場面ではできるのに、指示されるとうまくできない場合があります。
図形や物の配置が難しくなる
図形を写せない。
物を同じ形に並べられない。
荷物をうまく詰められない。
食器を並べる・書類を整理する・洗濯物をたたむといった作業が難しくなる。
このような場合、空間の中で物をどう配置するか・形をどう組み立てるかが難しくなっていることがあります。
失行は「やる気がない」ように見えてしまうことがあります
失行がある方を見ていると、ご家族はつい、
「ちゃんとやればできるはず」
「さっき説明したのに」
「ふざけているのかな」
「認知症が進んだのかな」
と感じてしまうことがあります。
その気持ちは自然なことです。
毎日の生活の中で、何度も同じ場面が続くと、ご家族も疲れてしまいます。
ただ、失行では、ご本人もなぜうまくできないのか分からず困っていることがあります。
手は動く。目の前に道具もある。やりたい気持ちもある。
それでも、動作の手順や形がうまく組み立てられない。
そのため、周囲からは「できるはずなのに、どうしてできないの?」と見えやすいのです。
失行を理解することは、本人を責めすぎないためにも大切です。
失行を理解するためのキーワードは「行為の設計図」
人は何か動作をする時、ただ手足を動かしているだけではありません。
頭の中では、無意識のうちに多くのことを組み立てています。
たとえば歯磨きをする時には、
- 自分の歯ブラシを選んで、手に取る
- 歯磨き粉のキャップを外して、歯磨き粉をつける
- 歯ブラシを口に運ぶ
- 歯に当てて動かす
- 口をゆすぐ
という手順があります。

着替えでも、
- 服の形状を把握して、前後を確認する
- 袖の位置を見る
- 身体の向きを合わせる
- 腕を通す
- ボタンを留める
という流れがあります。
このように、動作には「何をするか」「どの順番でするか」「道具をどう使うか」「身体をどの向きに動かすか」という"行為の設計図"のようなものがあります。
失行では、この行為の設計図をうまく使えなくなったり、設計図を実際の動きに変える過程がうまく働かなくなります。
そのため、本人はやろうとしているのに、動作が途中で止まったり、順番が混乱したり、違う使い方になってしまうのです。
麻痺・認知症・失語症とはどう違うの?
失行は、他の症状と似て見えることがあります。
ここでは、家族が混乱しやすい違いを簡単に整理します。
麻痺との違い
麻痺では、手足そのものが動きにくくなります。
一方で失行では、手足を動かす力は比較的保たれていても、目的のある動作がうまくできないことがあります。
ただし、実際には麻痺と失行が合併することで、同時に見られることもあります。
「手が動くから失行」「手が動かないから麻痺」と単純に分けられるわけではないため、専門職による評価が大切です。
認知症との違い
失行は、認知症と似て見えることがあります。
服が着られない・歯磨きができない・道具が使えないという場面は、認知症でも見られることがあります。
ただし、高次脳機能障害による失行では、脳卒中などのあとに特定の動作が急に難しくなります。一方で、認知症では記憶・判断力・見当識など、生活全体に少しずつ変化が出てくることが多いです。
もちろん、両方が関係している場合もあります。
「できない=認知症」とすぐに決めつけないことが大切です。
失語症との違い
失語症では、言葉を理解したり、話したり、読んだり、書いたりすることが難しくなります。
そのため、指示が理解できずに動作ができないように見えることがあります。
一方で失行では、言葉の意味はある程度分かっていても、動作として形にすることが難しい場合があります。
なお、失語症と失行が重なることもあります。
その場合は、言葉での説明がかえって混乱を招くことがあるため、実物を見せる・動作の見本を示すなど、別のアプローチが役立ちます。
【Note】失語症と失行症が同時に起きやすい理由
失行は、脳の中でも言語優位半球(多くの人では左脳)の損傷でみられることが多い症状です。
左脳には、言葉を理解したり話したりするための「言語中枢」も存在しているため、失行がある方では失語症を合併することもあります。
ただし、失行と失語症は別の症状です。失語症は「言葉の理解や表現の障害」、失行は「動作のやり方がわからなくなる障害」であり、それぞれ異なる仕組みで生じます。
そのため、失行の評価や支援では、「動作の問題なのか」「言葉の理解の問題なのか」を区別しながら考えることが大切です。

主な失行の種類
失行にはいくつか種類があります。
ここでは、生活場面で理解しやすいものを入口として簡単に紹介します。
詳しくは、各記事で生活場面ごとに解説しています。
更衣失行
服を着る動作が難しくなる状態です。
服の前後が分からない・袖を通す順番が分からない・ボタンやファスナーで止まってしまうといった形で気づかれることがあります。
観念失行
道具の使い方や手順が難しくなる状態です。
歯ブラシ・箸・スプーン・コップ・リモコン・スマホ充電器など、身近な道具の使い方や手順が混乱することがあります。

口腔顔面失行
口や顔の動作が、指示された場面でうまくできなくなる状態です。
「口を開けて」「舌を出して」「うがいをして」と言われても動作が作れず、歯科受診や口腔ケアで困ることがあります。

構成失行
図形を写す・物を配置する・形を組み立てるといったことが難しくなる状態です。
生活では、荷物整理・食器の配置・書類整理・洗濯物をたたむといった場面で困りごとにつながることがあります。

観念運動失行と肢節運動失行について
少し専門的ですが、失行を理解する上で知っておきたいものに、観念運動失行と肢節運動失行などがあります。
観念運動失行
「手を振ってください」「敬礼してください」「歯を磨く真似をしてください」と言われた時に、動作の形がうまく作れないことがあります。
日常場面では自然にできる動作が、検査や指示の場面になるとできなくなることもあります。
そのため、「さっきはできたのに、なぜ今はできないの?」とご家族が感じやすい症状です。
肢節運動失行
手指や手足の細かい動きがぎこちなくなることがあります。
たとえば、ボタンを留める・箸を扱う・物をつまむ・細かい作業をするといった動作で目立ちます。
ただし、麻痺・筋力低下・感覚障害・単なる不器用さとの区別が難しく、生活場面だけで判断することはできません。
専門職による評価が特に重要な領域です。
家族ができる関わり方の基本
失行がある方への関わりでは、「何度も言えばできる」とは限りません。
言葉で説明すればするほど、かえって混乱することもあります。
声かけだけに頼らず、動作がしやすい環境を作ることが基本です。
手順を減らす
一度にたくさんのことを求めると、混乱しやすくなります。
着替えなら、服を一式まとめて置くのではなく、着る順番に一つずつ出す方が分かりやすい場合があります。
実物を見せる
言葉だけで説明するより、実物を見せた方が動作につながりやすいことがあります。
「歯磨きして」よりも歯ブラシを手に取りやすい場所に置く、「服を着て」よりも袖を通しやすい向きで服を置く。
環境の中にヒントを作ることが大切です。
急かさない
焦ると、さらに動作が混乱しやすくなります。
急かすよりも、手順を減らしたり、準備を前もって整えたりする方がうまくいく場合があります。
できない理由を一緒に探す
「どうしてできないの?」と責めるより、「どこで止まりやすいのか」「何があると分かりやすいのか」「どの順番ならできるのか」を一緒に探していく視点が大切です。
ご本人も困っているのかもしれません。
まとめ
失行とは、手足は動くのに、目的のある動作がうまく組み立てられなくなる高次脳機能障害です。
生活の中では、服が着られない・歯磨きができない・道具が使えない・口を開けてと言われてもできない・図形や物の配置が難しいといった形で現れます。
そのため、「やる気がない」「認知症なのかな」「何度言っても分かってくれない」と見えてしまいやすい症状です。
しかし、背景には"行為の設計図"や"動作の組み立て"の難しさが関係しています。
「できない人」と見るのではなく、「どうすればできる形に近づけられるか」を一緒に考えること。それが、失行のある方を支える第一歩になります。
まず一つだけやってみるなら、今日の着替えや食事の場面で、声かけを減らして「環境を整えること」を試してみてください。
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