【高次脳機能障害シリーズ】失行と認知症の違い
2026/06/20
【解説】知識ゼロからの高次脳機能障害22
認知症とは違う?失行症で起こる「できない」を家族が誤解しやすい理由
はじめに

「昨日はできたのに、今日はできない」
「さっきはできたのに、今やろうとするとできない」
「何度説明しても、同じところで止まってしまう」
このような場面が続くと、ご家族はとても疲れてしまいます。
そして、つい、
「やる気がないのかな」
「ふざけているのかな」
「認知症が進んだのかな」
「何度言っても分かってくれない」
と感じてしまうことがあります。
そう感じてしまうのも無理はありません。
毎日の介護の中で、同じ場面が繰り返されると、家族の心にも余裕がなくなります。
ただ、高次脳機能障害の中には、本人のやる気や性格だけでは説明できない「できない」があります。
その一つが、失行です。
この記事では、失行で起こる「できない」が、なぜ家族から誤解されやすいのかを解説します。
「できない」は、認知症のように見えることがあります
服が着られない。歯磨きができない。箸やスプーンがうまく使えない。リモコンの操作で止まってしまう。
こうした場面を見ると、「やり方を忘れてしまったのかな」「認知症なのかな」と感じることがあります。実際に、認知症でも似たような生活上の困りごとが起こることがあります。
ただし、脳卒中などのあとに特定の動作が急に難しくなった場合、高次脳機能障害としての失行が関係していることがあります。
「できない=認知症」とすぐに決めつけないことが大切です。
認知症・高次脳機能障害・麻痺・注意障害・記憶障害などが重なっていることもあるため、専門職と一緒に何が難しくなっているのかを整理することが重要です。

「やる気がない」ように見える理由
失行では、手足の力が大きく落ちていないのに、動作が進まないことがあります。
たとえば、
- シャツを持ったまま止まっている
- 歯ブラシを手にしたまま動かない
- 箸を持っているのに食べ始められない
- 「真似して」と言っても同じ形が作れない
このような様子を見ると、「やればできるはずなのに」と思ってしまうことがあります。
しかし、失行では、頭の中で動作の手順や形が組み立てにくくなっています。
つまり、「動かす力がない」のではなく、「どう動かせばよいかがつながらない」という状態です。
ご本人も、なぜできないのか分からず、戸惑っていることがあります。

「何度言ってもできない」のはなぜ?
家族は、できない場面を見ると、つい丁寧に説明したくなります。
「まず右手を通して」「次に左手」「そこじゃなくて、こっち」「さっきも言ったでしょ」
ただ、失行では、言葉で説明すればするほど混乱することがあります。
動作には、言葉だけでは伝えきれない部分があります。
服の向き、身体との位置関係、手の通し方、道具の角度、動かす順番。
これらを頭の中で組み立てることが難しい場合、説明を増やしても、動作につながりにくいのです。
そのため、「何度言ってもできない」ように見えます。
「さっきはできたのに、今はできない」こともあります
失行で家族が特に戸惑いやすいのが、「できる時とできない時がある」ということです。
たとえば、食事場面では自然にスプーンを使えた。
でも、あとで「スプーンを使う真似をして」と言われるとできない。
日常の流れの中ではできた。でも、改めて指示されると動作がぎこちなくなる。
これは、観念運動失行のように、指示された動作や真似の場面で難しさが出やすいタイプと関係します。
なぜ場面によって差が出るのかというと、自然な文脈の中での動作と、意識的に動作を作ろうとする動作では、脳が使う回路が異なると考えられているためです。
食事の流れで自然に口が開く時と、「口を開けてください」という指示に対して動作を作る時では、難しさが変わることがあります。
そのため、「さっきはできたのに」と感じやすいのです。

「ふざけている」ように見えることもあります
失行では、本人が意図した動きとは違う動きになってしまうことがあります。
たとえば、歯ブラシを耳に近づける、服を変な向きで着ようとする、コップを違う使い方で扱う、ボタンを留める場所が分からず同じところを触り続けるといった様子です。
このような場面を見ると、「ふざけているの?」「わざとやっているの?」と感じてしまうことがあります。
しかし、本人にとっては真剣にやろうとしています。
うまくいかないことが続くと、本人も恥ずかしさや不安を感じます。
笑ってごまかす方もいます。
怒ったように見える方もいます。
拒否しているように見える方もいます。
しかしその背景には、「できないことを見られたくない」「自分でも分からない」という気持ちが隠れていることがあります。
家族のイライラも自然なことです
失行がある方の支援は、家族にとっても簡単ではありません。
朝の着替え、食事、歯磨き、トイレ、外出準備。
毎日の生活の中で、同じ困りごとが何度も起こります。
家族がイライラしてしまうのは、自然なことです。
「怒ってはいけない」「優しくしなければいけない」と自分を責めすぎる必要はありません。
限界になる前に、考え方を少し変えてみることが大切です。
「これは性格の問題ではないかもしれない」
「声かけだけでは難しいのかもしれない」
「環境を変えた方がよいのかもしれない」
余裕がなくなってきたら、ケアマネージャーに相談してみるのも一つの手です。
一人で抱え込まないことが大切です。

声かけより環境調整が役立つことがあります
失行では、言葉で何度も説明するより、環境を整えた方がうまくいく場合があります。
たとえば、着る順番に服を並べる・使う道具だけを目の前に置く・不要な物を片付ける・実物を見せる・動作を一つずつ区切る・急かさない・できる方法を決めて繰り返すといった工夫です。
「分かるまで説明する」よりも、「迷わず動ける形に整える」という考え方です。
これは、作業療法士が生活場面でよく考える視点でもあります。
まとめ
失行で起こる「できない」は、家族から誤解されやすい症状です。
- やる気がないように見える
- 認知症が進んだように見える
- 何度言ってもできないように見える
- ふざけているように見える
- さっきはできたのに今はできないように見える
このように見えやすいため、ご家族が戸惑ったり、イライラしたりするのは自然なことです。
しかし、その背景には、動作の組み立てや行為の設計図の難しさがあります。
「どうしてできないの?」と責めることではなく、「どうすればできる形に近づけられるか」を考えることが支援の基本です。
声かけで難しい時は、環境を整えることも大切です。
ご本人も、困らせようとしているのではなく、困っているのかもしれません。
そう見方を変えるだけで、関わり方が変わることがあります。
まず一つだけやってみるなら、明日の朝の支度で、説明の言葉を半分に減らし、代わりに道具を使いやすい位置に置いてみてください。
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