【回復期】わたしが経験した脳血管障害のリハビリ治療 その1【リハビリ】
~作業療法士として職場復帰のアプローチが失敗したケース~
はじめに
今回は、わたしが作業療法士として
回復期リハビリテーション病院に勤務していたときの経験をお話しようと思います。
はじめに言ってしまうと、自分では失敗したと思っている事例です。
背景
(個人情報が特定されないように、仮名と一部フィクションを交えています)
患者さまは魚住さん(仮名)という当時50代の独り身の男性の方でした。
入院生活ではとても明るくてポジティブな方で
同室の方とも楽しそうに過ごされていました。
入院してからの彼しか知らないわたしには
無理に明るくしているのか、本当にポジティブなのかわかりませんでした。
彼は脳梗塞で右半身の手足に重度の麻痺がありました。
理学療法士が足と歩行・階段のリハビリを担当し
作業療法士のわたしは手と物品操作訓練・そして日常動作の訓練をしました。
ちなみに嚥下障害(飲み込みの障害)、顔面の麻痺、
高次脳機能障害は認められなかったので
言語聴覚療法は処方されませんでした。
彼の入院期限は150日間(5ヶ月)です。
わたしがリハビリを初めて3ヶ月ぐらいたった時には
様々な動作の組み合わせのためセルフケアで一番難しい入浴も
一人でできるようになっていましたが
麻痺は中等度までの改善にとどまっていました。
歩行も杖でゆっくりと歩けば、外の坂道も歩けます。
室内であればどこにも掴まることなく歩けるし、横歩きもできました。
左うでの方は、肩に痛みがあり手はあまり力が出せず
書字をする時にゆっくりと紙を抑えるなど
左手の補助をゆっくり行える程度でした。
<MEMO:専門的な情報>
右上肢Br.StageⅣ/手指Br.StageⅤ/下肢はBr.StageⅤ
肩関節はアライメントが崩れて屈曲・外転時にインピンジメントが起こっている状態。
(大胸筋、大円筋が筋緊張亢進)
背臥位にて弛緩してから他動による屈曲は
骨頭のアライメントを保持しても120°で伸長痛が発現。
感覚障害は軽度。
手指の分離は比較的良好であったが、
上肢の支持力不足のために把持した物品を移動させることが困難。
退院に向けて
入院期限まであと2ヶ月となり、
自分のことを自分でできるようになった魚住さんの次の目標は職場復帰でした。
彼は小さな飲食店を経営しており、復帰を望んでいました。
「大丈夫。できる!」
わたしには本気なのか、そう思い込もうとしているのかわかりませんでしたが
彼は自信たっぷりにそう言いました。
しかしわたしはこう思っていました。
利き手ではない左手で包丁を持って、
力の出ない右手を補助的に使うことで料理はできると思う。
でも調理速度は遅いし、
出来上がった料理をどうやってお客さんの席まで運ぶのだ?
その疑問がわたしの杞憂なのかを確認するために彼に尋ねました。
「今の状態では右手は軽いものなら支えられるけど、
料理の乗ったお盆やお皿は(を運ぶのは)キツくないですか?
しかも歩行もかなり集中力が必要ですよね」
「そうだね。それはバイトに任せるから大丈夫だ!」
彼は右手の後遺症を受け入れていたようで、
自分でできないなら雇っているバイトに任せようと考えていました。
なるほど。
わたしはお店の現場を見たことはないので「大丈夫/難しい」ということは言えませんでしたが、
本人がそう言うなら料理の運搬はなんとかなるのかもしれません。
では次に調理スピードです。
出てくる料理に時間は飲食店の運営に関わってくると思ったからです。
そこで定規を包丁に見立ててリハビリ用の粘土(セラプラスト)を切ってみせてもらいました。
ゆっくりでしたが切れました。
彼はわたしに笑顔で言います。
「ほら!できるじゃん!!」
「そうですね!できましたね。この速度でもOK?お店に耐えられる?」
「大丈夫大丈夫!全然大丈夫!」
その回答を聞いてわたしは内心「マジかー」と思っていました。
それはキュウリぐらいの大きさの粘土を
5個に切るのに30秒も時間がかかっていたからです。
しかも実際に切る対象は、
粘土より力を必要とするニンジンや繊細な作業となる魚なのです。
そこで最後に本当に料理人として調理訓練をしてもらい、
これで店舗運営に耐えられる業務速度なのかを
自己判断してもらうことにしました。
リハビリの上司の許可を得て、
魚住さんの料理用の包丁を持ってきてもらいました。
(包丁は安全のために退院までリハビリ室で管理することにしました)
魚住さんは魚を実にキレイに切ることができました。
さすがプロなので素人のわたしより断然綺麗に切っていますが、
しかしわたしの中で気になっている問題は所要時間です。
時間は素人のわたしがやるよりも倍はかかってそうな印象でした。
そんな具合なので「これで間に合うのか?」という疑問は払拭できませんでした。
わたしは彼にストップウォッチを見せながら聞いてみました。
「どうですか?お店で間に合いそうですか?」
「あー!大丈夫大丈夫!田舎だから!」
彼は今までと変わらず笑顔でそう答えました。
「田舎って関係ある?」と心のどこかでひっかかっていたものの、
現場を知らないわたしはそれ以上言えなくなりました。
「彼がそこまで大丈夫と言うのならそうなのだろう」と考えるようにしました。
そうして退院までの残りの期間は
なるべく手を早く力強く使えるようなコントロール訓練と
複雑な両手の同時動作(協調動作訓練)に集中しました。